討議資料

人民の力 2016年7月1日 1055号

沖縄が独立して全米軍基地撤去を 安倍政権の日本は「放置国家」だ 沖縄報告(8)元沖縄タイムス記者 比嘉康文

 米軍属による女性の強姦・殺害・遺体遺棄事件に対して沖縄では、住民の怒りが頂点に達している。県議会では在沖米軍の全基地の撤退、辺野古移設断念を求めた。自民党会派と保守系無所属二人は退場したが、県議会で全基地の撤去決議をするのは初めて。その五日目には米兵四人が麻薬事件で検挙された。さらに米軍の女性兵士(21)が飲酒運転で相手コースを逆走して軽乗用車二台に衝突し、軽乗用車を運転していた女性は胸の骨を折る重傷を負った。

 日米両政府が「遺憾の意」を表明し、「綱紀粛正」や夜間の飲酒禁止など「再発防止策」を講じても、事件事故の防止に何ら役立ない。そうしたことが敗戦後七〇年間も続いており、党派に関係なく「もう基地の全面撤去しかない」という声が高まるのは当然の成り行きである。その現実をみると、「沖縄人を護る国と政治は何処にあるのか」と問いたくなる。そこで小生は、沖縄タイムスの読者のページの「論壇」に次ぎの文章を投稿した。

■■■沖縄人にとって何処に国や政治がありますか

 「いったい、ヴェトナムは何処に国があり、何処に政治があるというのです」。フランスの植民地から抜け出すためヴェトナム独立運動をやり、投獄されたファン・ボイ・チャウ氏が自らの裁判で述べた言葉である(『ヴェトナム亡国史』)。ファン氏は明治政府によって亡ぼされた琉球王国の惨状を知り、母国の知識人たちに「琉球の二の舞になるな」という警告書『琉球血涙新書』を1903年に書いたことで知られている。

 その「ヴェトナム」を「日本」に置き換えると、そのまま現在の沖縄の怒りの叫びとなる。米軍属による「女性遺体遺棄事件」をみると、日常生活のなかで健康づくりのジョギングさえもできない危険な姿が浮び上がってくる。米軍軍属による事件事故のたびに日米両政府は「遺憾の意」を表明し、「綱紀の粛正」「再発防止」を約束する。だが事件は絶えない。それを考えると「沖縄人を護る国は何処にあるのか、何処に政治があるのか」と問わざるを得ない。

 昨今、沖縄は日米の「植民地」と指摘され、その議論が新聞紙上でも展開されている。その中には「植民地から脱却」し、「米軍基地撤廃」をさせるには「独立しかない」という声も根強い。

 現在国内の米海兵隊員の七割超が沖縄にいる。一九九五年の少女暴行事件のとき、米側は普天間基地の無条件返還を考えていたが、日本政府が引き留め、辺野古移設を提案し、今日に至る。それは当時のモンデール駐日大使の証言で明かだ。
今回は日本政府の基地押し付けの横暴を許してはならない。全ての米軍基地撤去によって、ようやく沖縄人にも国があり、政治があるという情況が生まれるのだ。小生はそう思っているが、どうだろうか。 

 以上は論壇の文章だが、その後も沖縄タイムスと琉球新報の地元二紙には米軍属による女性遺体遺棄事件についての怒りの声が次々と寄せられている。

■■■日々、高まる独立の声 わずか六%の基地経済

 沖縄タイムス(六月五日)のオピニオンのページには「沖縄では今もなお日常的に米軍犯罪の犠牲者が増えている。琉球国を復活(独立)する以外に、全基地の撤去も自立経済も独自の文化の継承発展もないということが分かってきた」と、六十三歳の会社員の投書が載っている。

 在沖米軍基地の経済効果はわずか五%である。その基地を撤去させて民間で開発すれば、経済効果は計り知れないほど大きい。基地が返還されたハンビー飛行場跡、牧港住宅地区跡は大規模な商業地域として発展しているので、基地は広大な面積を占領しているにもかかわらず、その経済効果がとても低いことを知らない県民は一人もいないだろう。しかし、県民の常識となっていることが、本土の一部知識人らには理解できないらしい。

 沖縄では今後、全米軍基地の撤去の声はいっそう高まることは間違いない。基地が撤去されないのは「沖縄が日本政府の下にあるからだ」との声が出てきた。それは軍備の強化以外に安全保障はないと主張している安倍政権に対抗する考えである。そうした民意が日々、形成されていく沖縄の現実を直視すべきだ。
 だが、日本政府の態度はいっこうに変わらない。安倍晋三首相は「辺野古が唯一」と、来日したオバマ大統領にも述べている。これに対して翁長雄志知事は「沖縄の民
意を含め県民に寄り添うことに何ら関心がないということが見透かされている」と激しく批判。そして「政府の繰り返す法治国家の“法治”という字は県民を放っておくという意味での『放置国家』と言わざるを得ない」と痛烈に皮肉っている(五月二十七日『沖縄タイムス』)。沖縄の県民が殺されても、米軍基地を優先させる安倍政権をみると、まさに「名言」である。
            
■■■辺野古は政治的決定 梶山氏の書簡で明か
                              
 「辺野古は本土の都合」「県外 必ず反対起こる」の大きな見出しが躍る六月四日付けの琉球新報の一面トップ記事は、これまで名護市内の有識者の間で密かに言われてきたことが文書で裏付けるものとなった。

 在沖米海兵隊の普天間基地の辺野古移設案が浮上したときから頻繁に名護市を訪れていたのが梶山静六氏や岡本行夫氏、野中広務氏らである。その度に保守系の名護市議や商工会の幹部らと懇談し、「本土では職業的な運動家がいるので、ぜひ名護市で受け入れてほしい」、「本土では安保闘争の二の舞になる」、「受け入れるならば、北部振興費を二倍にしてもよい」などと働きかけている。

 そうしたことを取材してきたが、証言者は氏名の公表を避けてきた。辺野古移設を懇願する政府側の者のなかには土下座して頼み込む者もいたというが、その証言者を特定できないもどかしさを感じてきた。それだけに今回の報道を喜んでいる。

 安保闘争に手を焼いた日本政府は復帰前後に次々と本土の米軍基地を沖縄に移転させている。そのことは新崎盛輝著『沖縄現代史』に詳しく、次ぎのように記述されている。

 久保卓也(防衛局長、防衛事務次官、国防会議事務局長を歴任)は「基地問題は安保に刺さったトゲである。都市に基地があるかぎり、安保自衛隊問題について国民的合意を形成するのは不可能だ」と説明している。そして沖縄返還をはさむ数年間で、日本本土の米軍基地は約三分の一に減少した。

 また当時問題になっていた米海軍対潜哨戒機P3Cの移転先について、日本政府は「本土でなくて沖縄のどこかに」と要請していたことが米国の公文書で明かになっている。それは1995年の米兵3人による少女暴行事件の際、モンデール駐日米国大使が普天間基地の撤去を考えていたが、それを拒否したのは日本政府で、辺野古移設を提案してきた、と証言。沖縄に米軍基地を押し付ける構図はいつも同じだ。

 そうした沖縄への米軍基地押し付けが、当時の官房長官だった梶山静六氏の書簡で「政治的な理由」だったことが裏付けられた。日本政府が国会で繰り返し述べてきた沖縄の「地理的優位性」や米海兵隊の「抑止力」の必要性も何ら関係なかったことを教えてくれた。

 この「抑止力のウソ」は元首相の鳩山由紀夫氏も明かにしているが、自民党の沖縄選出の国会議員たちは、それでも選挙公約を反故にして辺野古への移設に賛成している。県民をウソで騙してでも米軍基地を沖縄に造る理由は何か。明かにしてほしい。 

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