討議資料

琉球新報2026年5月13日 <論壇> 與那嶺貞子

植民地主義正当化した日本「復帰」/琉球復国・独立を選択肢に
2026/05/13 8.声

 日本「復帰」から半世紀を経た。「あの復帰は、いったい誰のための復帰だったのか」「日本との一体化とは何か」という問題点を、元県知事大田昌秀氏の著書『拒絶する沖縄―日本復帰と沖縄の心』は、自身の沖縄戦「鉄血勤皇隊」の過酷な体験を踏まえ、この根源的な問いを今現在も鋭く投げかけている。
 米軍統治下で、琉球人は人権蹂躙(じゅうりん)からの解放を求め、日本国憲法の平和と民主主義に希望を託した。しかし大田氏は、復帰の本質が「平和憲法への復帰」ではなく、「日米安保条約の下への復帰」であることを鋭く見抜いていた。つまり日米両国の軍事植民地下体制への再編入である。
 また、「日本との一体化」は本当に解放なのか、それとも新たな従属なのか。復帰とは、沖縄の主体性を回復することではなく、再び国家権力の周縁へ置かれることではないか、と深い疑念と警鐘を鳴らしている。
 琉球は本来、独自の国家として存在し、「万国津梁(しんりょう)」の精神の下、近隣諸国と善隣外交を成し、非軍事的安全保障を築いてきた。命(ぬち)どぅ宝の普遍的な価値観を国是とした。
 しかし、1879年の武力による琉球併合以降、日本は徹底した皇民化教育、日琉同祖論の欺瞞(ぎまん)に満ちた「エセ歴史観」により琉球人の精神を国家の論理に従属させ、そのアイデンティティーを根底から塗り替えてきた。その同化思想は復帰運動の内面にも及んだ。
 この、戦前戦後を通じて琉球人を都合よく動員し続ける植民地主義と構造的差別を直視せず、それを正当化した「復帰」は、歴史的誤りである。かつては天皇のために、現在は安保のために、形を変えながら歴史は再生産され続けている。幾世代もの琉球人が命と尊厳、そして平和を勝ち取るために身を投じた。しかし、その叫びと苦悩は「構造的な不作為」によっていまだ解決されず放置されている。
 なぜなのか。それは、琉球の歴史性とポジショナリティを欠いたこれまでの反戦平和運動に限界があるからだ。国連「先住民族権利宣言」30条は、先住民族の土地で自由意思による事前同意なしの軍事活動を禁じている。琉球の基地集中は、この原則に反する。
 高市政権に象徴される国家主義の強まりは、戦前回帰そのものだ。台湾有事、軍事要塞(ようさい)化、敵基地攻撃能力、住民避難計画、スパイ防止法など、再び琉球が日本防衛のために最前線に置かれ犠牲になる。
 必要なのは日本への従属ではない。「内なる民族性」に気付き、琉球人の精神と矜持(きょうじ)を示し非戦・非武装の平和主義の下、子孫の命と未来を守るために琉球復国・独立を現実の選択肢として真剣に考える時に来ている。
(那覇市、パート、69歳)


植民地主義正当化した日本「復帰」/琉球復国・独立を選択肢に


琉球独立運動資料館・かりゆしクラブのトップへ行く