国頭太福 3/3

彼らにとって権力はそれほどあまくはなかったようだ。
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 栗原登一はその著者『世界革命』(三一書房刊1967年12月1日発行)の序章、第2節(19頁)でこういっている。
 [現代帝国主義がレーニンの分析したように全地球の支配を完了したのである限り、ここでわれわれはただひとつの帝国の中枢と、ただひとつの、つまりひとつのつながりの、それを包囲する辺境とを持つのである。
 われわれはここで深く、<人間とはなにか>という哲学問題に導かれる、辺境とは、人間をこえる自然の発現の形態であり、階級支配によって決してとらえつくされることのない、共産主義を求める人類の傾向なのである。
 それは野蛮のかなたにあって、帝国の<文明>が全力で追跡してもとらえつくされることのできないものである。秦の始皇帝は、万里の長城によって無益にこの辺境の威力の滲透に挑戦した。今日、アメリカ合衆国の帝国の主人たちは、とらえることのできない敵を求めてベトナムをさまよっている。古代の帝王たちは、原始共産社会を破壊しつくしたようにおろかにも錯覚した。
 われわれの革命の勝利を保証するものは、腐朽しつくした文明の諸手段ではない。
 革命を実現するものは、現体系の対極に、すなわち、その辺境の最深部につくられるわれわれの根拠地である。このとりでをわれわれのただひとつの祖国として宣言し、この理想の祖国に忠誠であることが必要である。]

 琉球共和国とは、理想の祖国それの仮の名であり且、真実の名である。

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