竹中労 20/20

粉をかけたメシを寄越すわ、面の内側に糞を塗られるわ、大正の末にはビンズルモー部落わずか3戸に凋落、最後の勢頭(親方)玉城太郎を以て、京太郎は滅び去ったのでごわりまする。いま残るは、むかしチョンダラーのふり写した田舎芝居のみ。
 なれどさきごろ、大和よりユミヌ・チョンダラーと名乗る中年男の放浪者竹中労またNDUとやら申すカメラを担いだ若者たち、琉球弧漂泊の旅を志して来り去り、また来りまた去り、またまた来り去って、『モトシンカカランヌー』という面妖な音楽活動写真、『琉球共和国 沖縄ニッポンではない!』と称する書物など、ウチナーンチュに流布しておりまする。
 ……俺はユミヌ・チョンダラーだ、琉球の独立を、まぼろしの人民共和国、汎アジアの窮民革命をゆめみる。政府なき国家を、党なき議会を、官僚なき行政を、権力の廃絶のための過渡の権力を……、ゆめみる。

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